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2006年5月13日 (土)

婚約指輪-エンゲージリング

 「俺たちも結婚しようか」と言われた瞬間、亜弓は肇を軽く睨(にら)んだ。上映されていた恋愛映画がたった今終わったばかりで、ラストシーンで流した涙の跡もまだ乾ききっていない。肇の笑えない一言に感動の余韻がすっかり消えてしまい、亜弓は席を立った。周囲の客たちも一斉に映画館の出口へ向かって行く。「ちょっと待ってよ。今のはマジだって。前から思ってたんだ、亜弓と一緒にいたいなって」と慌てる肇の素振りに、こんな間の悪いタイミングでプロポーズするなんて肇らしい、と亜弓はクスっと笑った。エヘヘと照れ笑いを浮かべる肇の顔を見て亜弓も照れくさくなって俯いた。肇とは合コンで出逢い、付き合いはじめてからまだ3ヶ月しか経っていない。それでも結婚してもいいかなと思いはじめていた。ときどきつまらないオヤジギャグを連発することを除けば、肇の人柄の好さは分かっているし、いつも身だしなみに気を使っている清潔さも、毎月コツコツ貯金している堅実なところも好感を抱いていた。それ以上に肇のことを一日中考えている自分の気持ちに偽りはなかった。
 プロポーズの後、結婚話は順調に進み、いよいよエンゲージリングを買いに行くことになった。ティファニーのエンゲージリングは高いから無理と言われてガッカリした亜弓だが、結婚情報誌で見かけて取り寄せた指輪のカタログを連日見入り、指輪を買いにいく日を心待ちにしていた。
 当日、デパートのジュエリーコーナーで目移りしている亜弓に向かって、肇が「これなんかいいんじゃんない」とショーケースの隅の方を指さした。見ると3万円均一と書かれている。「冗談きついんだから・・・」と亜弓が言い終わらないうちに「そっちこそ。婚約期間しか嵌めない指輪に十何万なんて冗談だろ」と肇が言葉をたたんだ。その時、亜弓は肇の飼っている熱帯魚のアロワナを思い出した。餌をあげたいと話した亜弓に「水が汚れるから餌はたまにしかやらないんだ」と言った言葉の意味が現実を帯びてきた。亜弓の横で「こっちのデザインもいいよね」と均一コーナーの指輪を選ぶ肇の姿に、亜弓は心に深く形造られていた肇への想いが薄れていくのを感じていた。

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