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2007年1月21日 (日)

意中の彼

 私は彼の細くて長い指先を見つめた。白地にピンクのバラが描かれているティーカップに置かれた彼の指。「どうしたの?」そう問いかけられて顔を上げると彼が微笑んでいる。私はどぎまぎしながら「ううん、なんでもない」と答え、ティーカップの紅茶を一口啜った。彼と一緒に過ごしている、この時間があまりにも自然過ぎて信じられない。私のそんな気持ちに気づかない彼は、社員旅行の話の続きを始めた。前にも聞いた気がしたが、同僚の誰かも似たような話をしていたから、単なる私の勘違いかもしれないと思い、口には出さなかった。私は社員旅行には行ってない。だけどなんで社員旅行に行かなかったのか。行かない理由があったはずだった。それがいくら考えても思い出せない。そのうち思い出すかもしれない。今はただこうして彼の側にいられる幸せに浸っていよう。そう思うことにした。彼の声は川のせせらぎのよう。穏やかな旋律となって心にじんわり沁みてくる。私の心に芽生えるナチュラルな気持ち-「好き」。このまま二人の時間がいつまでも続いてくれたらどんなに素敵なんだろう。彼は突然、私の手に彼の手を重ねた。「女の子の手って柔らかくていいな」その瞬間、全身がカブトムシのように固くなった。嬉しいのに素直に嬉しくなれない。使い回された口説き文句に聞こえてしまったから。私はまったくどうかしている。いくら彼がモテるといったって、疑心暗鬼になっていたら、せっかくの彼との時間が台無しだ。こんな時、「もしかして他の女の子にも同じこと言ってるんでしょ」とさらりと笑って言えたらいいんだけど、いつも核心にズバッと真顔で攻め込むしか出来ない私が難易度の高いワザを中途半端に使ったら永遠に彼を失いそうな気がして、ぐっと堪(こら)えた。つくづく損な性格だと思う。彼は私の手を握りしめた。「好きだよ」その一言でさっきまでの疑心暗鬼がスッと消え、ふんわりとした穏やかな気分が戻ってきたら、なんだか眠気を催してきた。ドイツで飲んだ泡だらけのビールの話、それは研修旅行の話だなと思いながら眼を閉じる。眠っちゃいけない、彼の話は聞かなきゃ・・・と、思ったままストンと眠りに落ちていった。眼を開くとベッドにいた。目ざまし時計のアラームが鳴る5分前。カーテンの隙間から朝の陽が差し込んでいる。片思いの彼との甘い夢を思い出しながら、私は目覚めてしまった残念さを振り切るようにベッドで大きく背伸びをした。

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コメント

可愛い。

投稿: ともくん | 2007年1月21日 (日) 14時38分

この小説もなんか久しぶりですね。
最近、山本文緒さんの「プラナリア」という本を読んだんですが、女性の心理って難しいなと改めて感じました。σ(^_^;)アセアセ...。

投稿: BROS | 2007年1月21日 (日) 23時08分

>ともくんさん、初めまして(*^-^*)
夢の中でも現実でも、彼と付き合ってまもない女の子は可愛らしいかもしれませんね。

投稿: もときち | 2007年1月27日 (土) 12時57分

>BROSさん、こんにちは♪

確かに男性から見たら女性って本当やっかいですよね(o^o^o)
上田正樹の『悲しい色やね』に「・・・俺のこと好きか、あんた訊くけど・・・そんなことさえわからんようになったんか・・・」を初めて聴いた時思わず(・_・?)...ン?となりました。男性としたら好きで付き合ってるから言葉にしなくてもわかるはず!と思うんでしょうが、女性は「好き」「愛してる」と直接言葉に出して言ってもらわないと自分が本当に愛されているかどうかわからず不安だと感じる人は多いと思いますよ。

山本さんの小説は『恋愛中毒』しか読んだことがないんですが『プラナリア』はさっそく読んでみます♪

投稿: もときち | 2007年1月27日 (土) 13時12分

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