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2007年7月29日 (日)

選挙の日

 嫌なオヤジ、それが茜の第一印象だった。勤め先の会社の社長から、親戚が県議会議員選挙に出るから選挙事務所を手伝って欲しいと言われ、社長と一緒に事務所へ挨拶に行った。応接室には、中性脂肪が詰まって弾けそうな腹をした現職の議員がソファに脚を組み煙草をふかしていたが、茜が入っていくと彼女の頭から脚まで物色するように眺め回した。思わず茜は「このエロジジィ」と叫びたい気持ちとは裏腹に「宜しくお願いします」と無表情で頭を下げた。茜が今の会社に入ったのは二ヶ月前。まだ試用期間中だ。高校を卒業後、八年勤めた地元の会社が倒産し、ハローワークで紹介された会社は年齢を理由に次々と断られ、父の知人から紹介されて入社した経緯があった。エクセルとワードがそこそこ使える事務経験しかない茜にとって、嫌なことがあるからと言ってもそう安々と辞める訳には行かなかった。都会と違って田舎の就職口は少ないからだ。
 選挙事務所での茜の仕事は、ウグイス嬢と言っても五十は過ぎているおばさんと、学生の女子らと選挙カーに乗りこみ、地元の工場や企業を回っては出迎えてくれる人と握手をしながら「宜しくお願いします」を連呼する。ただそれだけの仕事だったが、毎日数百人との握手で白い手袋はすぐに黒ずみ、握手のし過ぎで右手が腫れ、頭を下げ過ぎて首が痛いと思わぬ不調をきたした。おまけに朝の八時から夜の八時まで拘束され、昼食も夕食もおにぎりとたくあんに梅干しと言う粗末さで、「対立候補の事務所の方じゃ、すごい御馳走を出すんだって。あっちで手伝えば良かったよな」とこぼすスタッフもいたほどだ。茜は、我慢だ、辛抱だと言い聞かせながらなんとか一週間持ちこたえた。最終日、議員は「必ず私に投票するように」と念を押し、「君たちも私の手伝いが出来て光栄だと思いなさい」とねぎらいの言葉一つかけてはくれなかった。
 翌日の選挙の日、茜は朝起きてすぐ投票所へ向かった。投票用紙の前で議員の名前を何度も確かめエンピツを手に取る。「どうかアイツが落選しますように」と願いを込めて、対立候補者の名前を書きこむと、晴々とした気持ちで用紙を投票箱へ入れた。

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